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リビアに自由を!

中東・北アフリカが揺れています。
1月のチュニジアから始まった民衆蜂起が、エジプト、ヨルダン、
アルジェリア、サウジアラビアやバハレーンなどにも伝播し
まるで共振するかのように、各地で既存の政権の地位を揺るがしています。
政治的抑圧からの解放と、貧困や失業に対する政府の無策の批判
という問題認識の基本は共通したものですが、それを誰にぶつけ
どのレベルで変革を求めるのかは、各国の政治体制や社会のあり方により
異なってくるようです。

抗議に対する政権側の対応もさまざま。
そんな中、リビアは今、想像を絶した危機的状況にあるようです。
2月15日に北東部のベンガジなどで起きた反体制デモで
住民が外国人傭兵に「獣の狩り」のように虐殺されたことが
これまで鬱屈してきた人々の不満に火をつけたようで[産経2/26,p.8]。
沿岸部の主要都市で反体制運動が一気に燃え上がりました。
ベンガジを含む東部の主要都市に続き、油田のあるズウァーラも反体制派が
制圧し、残るは首都トリポリのみ、という状況のようです。

ですが何よりリビアが他の国と違うのは、政権を握るカダフィーが
ここに至るまで、住民の抗議行動に容赦なき武力弾圧を加えたこと。
抗議の鎮圧に、国軍の戦闘爆撃機を向かわせ市民を爆撃したと
伝えられています[ロイター2/22]。(以下、ピンクの文字はリンクあり)
「国」を守るための軍隊が「国民」を攻撃?という話を聞いたときには、血の気が引きました。
カダフィーの中ではすでに「国」=国民ではなく、「国」=カダフィー個人にまで
凋落してしまっていたのでしょう。

なかには命令を拒否して、マルタに亡命したパイロットもいたとか。
(ミラージュ、スホーイを使ってるんですね。ミリおたの頁ですが)
個人資産は兆の単位で蓄えていたカダフィーらしいですが
(ただいま差し押さえ中[時事2/25]。スイスとアメリカも)
命を懸けて国のために戦う軍の兵士の給料は、月にたったの
8千円程度だったそうです[朝日2/26,p.3]。
それじゃあ簡単に寝返るわけです。

そもそもクーデターを恐れるカダフィーは、軍の装備を極力絞り
積載燃料も必要最低限に抑えていたそうで。
逆に言えば、軍が体制側か抵抗側か、どちらにつくかで帰趨が分かれた
エジプトとは異なり、国軍自体は決定的アクターにはならないということになります。
高額の報酬で雇われているというアフリカ諸国の傭兵も
リビア国籍を与えられてて意外に忠誠心は高いらしいですが[朝日2/26,p.1]
最後に頼りになるのはカダフィー自身の部族。
国軍とは別に数千人規模の親衛部隊を作っていたそうで
これが最後の砦と見られています。

でもこの構図、下手に外部(外国の軍とか)が介入すると
部族対立を煽ってしまいそうで、カダフィーが葬られたとしても
その後に長期化する紛争の火種を残してしまいそうで恐いです。
そもそも軍事介入は危ない、避けるべし、というのは
いろんな専門家が既に指摘されてることのようで[Ranj Alaaldin]。
この記事は、在ロンドンのイラク人研究者が書かれたそうですが
現在中東で起きている革命は、それが内発的に起きているということ
自体が彼らに勢いを与えている
」のだから、外部からの軍事介入は
これを変えてしまう、と警告しています。

それにしてもあまりにも酷い暴力。既に千人以上の人が亡くなっている
といわれてますが、それをおそらく確認すらできない状況なのでしょう。
なんてことだ・・・
カダフィーも、チュニジアのベン・アリー大統領みたいに
とっとと国外に逃げてくれればよかったのに(受け入れる方が迷惑?)。
逃げるどころかカダフィーは2月22日の演説で、徹底抗戦を誓っています[朝日中東マガジン1]。
イスラーム教徒の多いリビアでは、金曜日の礼拝後の反体制運動が
大きく盛り上がり、それに対する弾圧もより一層激しいものが
あったのではと予想されるのですが・・・それに関する情報は
まだあまり入ってきてないみたいですね。

いろいろ情報をかき集めてはみているものの、中東研究者でも
リビアを専門にする人は少ないせいか、まだあまり的確な分析とか論評が
見当たりません。内部から伝わる情報があまりに断片的すぎるからでしょうか。
そんな中、池内恵さんが書かれたこちらの論考[フォーサイト2/25]
かなり情報をコンパクトにまとめ、中東諸国の動向を広くおさえられた
分析として、面白いなと感じました。
中東業界ではいろいろ物議を醸している方ですが、今の段階でもちうる情報で
これだけきちんとした論考を発信されているのは立派です。

池内さんが書かれた「数十万人単位でデモを動員することが、
政権崩壊につながるという実例をチュニジアとエジプトで
『見てしまった』ことは、アラブ政治を質的に変えた
。」というのは本当にそうだろうと思います。
これは酒井啓子さんが[Newsweek2/14]に書かれていた
普通の人々が体制に挑戦することを恐れなくなった」ということと共通します。
おそらくこれが、今まるで連鎖反応で起きているかのようにみえる
中東・北アフリカにおける抵抗運動の伝播の本質なんでしょう。
「Yes,We Can!」ってことですね。オバマ的に言えば。

その前提となる「『デモをして政府批判をしただけで射殺されるのはおかしい』
という当然の人権意識が、アラブ世界の新世代に育っていた」

というアラブ世界の状況の変化は、池内さんが指摘されるように重要なんだろうな
と思います。この感覚、日本人には理解しがたいかもしれませんが
私も以前ヨルダンに住んでいた頃に似たような感覚を実感したことがあります。

私がパレスチナの西岸地区から帰ってきて、友達からもらった'たすき’
(『エルサレムは私たちのものだ!(Al-Quds lana)』と書いてある)
をヨルダンの大家さん一家(彼らもパレスチナ人)に見せたら、急に真剣な顔になって
「そんなものを身に着けて外に出るな、政府につかまるぞ」
と注意されたのです。まさかそんな、と思って笑ってたら
顔を見合わせて、大丈夫かな、まあ外国人だから平気だろう、と話をして
いるのを見て、普段は口にしないけれど、彼らの中に強く根付いている
政府への警戒心があるんだ、ということを改めて思い知らされた気がしました。
ちなみにこのスローガン、ヨルダン国王も同じことを、公に対外的声明で
何度も出しているのですが、基本的には「パレスチナ人の」主張、と捉えられて
いるものです。(つまり大家さんは、このたすきをすることが
ヨルダン国内で敢えてパレスチナ・アイデンティティを主張する行為=タブー
だと考えたわけです)

えらく長いブログになってきました (^^;

話をリビアに戻すと、それではカダフィーがいなくなった後、というのは
まだ全く見えてこない感じがします。それもそのはず
リビアという国は、もともと様々な部族が住むばらばらだった地域で
それをカダフィーが強権体制でまとめてきたおかげで国としてもってきた
ようなところだそうです[どっかで読んだが出典が不明。捜索中]。
政治体制としては「ジャマーヒリーヤ体制」という独自の体制を
とっていたため、議会もなく、憲法もなく、政府も存在しない[中東の民主化:リビア]。
(日本の4.6倍の広さの国土で、なんと直接民主制!)
なので独裁者がいなくなったとしても、その後の制度構築を一から
始めなければならない、という難問が待っているようです。

リビア関連のTwitterで読んでいたとき
「別にリビアが1国じゃなくたっていい。2国や3国に分かれたって
彼らが望む形なら」というようなことが書き込んであって、
なるほどな、と思ったんですが。そういう考え方もあり、つまりリビアという
国として、無理に一つにまとめなくてもよいのか、と。
でもリビアの人はやっぱりそうは思ってないみたい。
アル=ジャジーラのLive Blog見ていたら、こんな書き込みがありました。

Timestamp:
12:15pm
Our correspondent Hoda Abdel-Hamid, reporting from the eastern Libyan city of al-Baida, says that while many parts of the country's east are no longer under government control, local residents do not want to separate from the rest of Libya.

"They still want a united Libya, and want Tripoli to remain its capital," she said.

She added that many in the country's east have felt abandoned by the Gaddafi government, despite the vast oil wealth located in the region, and said that they feel they have no future in the country.
.

英語のままですみません。
先に反体制派が制圧したベイダの人で、リビアは東部と西部に分かれてて
カダフィー政権下でもたしかに東は貧しかったけど
「それでも一つのリビアがいいんだ。トリポリが首都であってほしい」って
書かれてて、ああ、そんな気持ちなんだ、って感じました。

朝日新聞の川上さんは「民衆はカダフィ体制から自由にはなるが、
自由だけでは、政治的な真空状態であり、無法地帯となりかねない。
リビアの困難は、まさにカダフィー体制の崩壊から始まるだろう。」
と書かれていました[朝日中東マガジン2]。
なんだか暗い気持ちになりますが、おそらくそうなんでしょう。
しばらく混乱の時期が続くかもしれない。だけど国際社会が見捨てないで
支え続けることが大事なんじゃないかと思います。

国連は安保理で制裁決議案の本格協議に入り、26日にも採決の見込みとか。
アメリカは単独で制裁措置の発動に踏み切りました[TBS News]。
日本も前原外相が、カダフィー非難の発言を会見でしています[外務省]。
でももっと早く、直接あの暴力を止めれる方法はないものか。
気持ちばかりが焦ります。

遠く離れた日本で、何の知識もなく、力もない自分ができることとして
せめてリビアの人たちに関心を寄せて心配している人たちがいる
ということを示したくて、今日の渋谷でのデモに参加してきました。
写真も何も撮りませんでしたが、帰って見たらAl-JazeeraのLiveBlogに
こちらが載ってました。

libya_demo_tokyo1.jpg

何を叫べばいいか分からなかったけど、リビアの人々に自由になってほしい。
圧政や、暴力や、恐怖や、不安から。
その日が一日でも早く訪れますように。

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夕焼け小焼け

ちょっと風邪をひいてしまいました。
ひと仕事、山を終えるたびに気が緩んで体調を崩す、という悪いサイクルが
どうも昨年末あたりから定着し始めているようで…
それほど酷くはないのでよいのですが、こういうインターバルの時期こそ
地道な研究のために時間に費やしたいものを。。。
ともあれ

今日は非常勤講師の追試験の採点に行ってきました。
追試験といっても受験者はたったの一名。
だいぶ前に作った試験問題を思い出しながら、採点を追え、大学を出ました。
今年の6月から留学が決まったので(つい先日、ファンドから確定通知を頂きました)
これでしばらく非常勤の授業ともお別れです。
半年以上前から心は決めていた、とはいえ、なんとなくまだ名残惜しい、寂しい
というのも素直な気持ちです。

名残惜しさに、普段は急いでて入れなかった大学の前のとんかつ屋さん
に入り、思わずカツカレーを注文しちゃいました。
さすが学生街?の大盛り (^^; お味噌汁も美味しかった。

curry01.jpg


3年前にお話を頂いて、試行錯誤で始めさせてもらった授業も
今ではだいぶスタイルが確立し、ネタを更新し差し替えるだけという
状態にまで落ち着いてきました。
でも、いきなり講義4コマから始まった3年前は、本当に大変だった・・・
「1コマの授業には準備に5時間かかる」とはよく言われるところですが
それは安定してからの話で、事前の勉強や構成を考えたりする必要のある最初は
本当に授業の準備だけで1週間が終わってしまっていました。

教えられるだけの蓄積が、広く深くあれば別なんでしょうが。
私の場合、関連する内容を勉強して、最近の情報を取り込んで、講義内容に
まとめるのにすごい時間がかかってしまいました。
ほとんど徹夜で準備して、行きの電車の中でも資料を読んでる(つもりで寝てる(^^;)
こともしょっちゅうでした。いやあ、授業って体力勝負だなあ、と(笑)
(そもそも同じ日に違う大学をかけもつと、お昼を食べてる時間もない)

そんなことを言うと、すごいいい授業をしているみたいですが、実際はなかなかで。
最初の頃は、板書しながら頭が真っ白になってしまったり。
そういうときは大体、自分の理解自体が浅い場合が多いんですが。
ひとに説明する視点で整理し直してみると、「分かってるつもり」だったことが
意外に多いんだなあ、と気づかされます。ほんとに勉強になりました。

パワポ+その要約のレジュメ+少し詳しく書いた読み原稿を用意する
というスタイルは、最近ではその他の発表のときの自分のスタイルとしても
定着してきました。
パワポって、要は「紙芝居」なんだと思うけど、やっぱ分かりやすいですよね。
画像があった方が印象に残るし。でも話の筋が画定しちゃうので、頭の中で
かなり厳密に流れをチェックしておかないと、つまったりしますが。

授業をやらせて頂いて分かったのは、普段、研究会や講演会などで話すときの聴衆は
なんて「いいお客さん」なんだろう、ということです。
初めから、内容に強い関心があって集まって頂いているので、こちらの技術や内容に
かかわらず、静かに集中して聞いてくださる。
でも授業はそうはいきません(笑) 面白くなければ騒ぐし寝るし(^^;
そこで怒って締める、というのも手なんでしょうが(実際に、最低限はやったりしますが)
自分自身、あまり真面目な学生ではなかったもんで、学生さんの気持ちが
わかっちゃうんですよね。ああ、今きっとつまんないんだな、難しいのかな、と・・・

流れが良くて、分かりやすくて、面白そうなトピックの説明をしている
ときは、みんな興味をもって聞いてくれるし。
要は「素直なお客さん」なんですね。
その分、こちらが熱意をこめて準備し、話をすればついてきてくれる。

そんな学生さんたちともお別れです。
ちょうど鳴り始めた時報の「夕焼け小焼け」を聞きながら、今日は家路につきました。
目をきらきらさせながら、授業後に話しかけてきてくれた学生さんたちの顔は
今もはっきり記憶に残っています。
また会う機会は、もうほとんどないんだろうな。専任講師ではない弱みです。
ちょっと寂しいけど、少しでも彼らの役に立つことができたならうれしいです。
しばらく充電して、もっとグレードアップして、またいつか教壇に立てればいいな
と思ってます。

trio.jpg

帰宅途中に駅で買った携帯ストラップ(でかすぎ!)
モヒカンのライオンと、張り手ザルと、左の動物は…いったい何なんでしょうね。

徳島に行ってきました!

お仕事で、徳島に行ってきました!
ひょんなご縁で、なんと大塚製薬さんにご招待頂いての対談企画です。

お相手は、お囃子の家元、望月流の太左衛さん。
(ご活動が紹介されている鼓樂庵のホームページです)
江戸時代からの伝統のあるお家柄と聞いて、お着物を着られた
敷居の高い感じの方かな・・・とちょっと緊張していたのですが
お会いすると、とてもざっくばらんな方で、ほっとひと安心。
初の徳島!初のお囃子!初の対談!と初物尽くしで楽しんできました。

移動でしょっちゅう国内線は乗ってるはずなのですが、初めての場所に行く
というせいもあってか、飛行機の中から妙にうきうき(笑)
よく晴れた空にぽっかり浮かぶ富士山なぞの写真を撮ってしまいました。

mtfuji.jpg

富士の向こうにみえる連峰が、ヒンドゥークシ山脈のようだ・・・
と思ってしまう私は変でしょうか (^^;

ともあれ、無事降り立った徳島は晴天で、気持ちいいお天気のなか
まずは大塚国際美術館へ案内していただきました。
最初は正直言って、名画揃いとはいえ本物じゃないなら、なんて思ってたり
もしたのですが、解説をして頂いて、むしろ本物ではないからこそ
できること(今では消失・散逸してしまった物をまとめて展示したり、
修復前と修復後を並べてみたり、同じテーマの異なる所蔵館の絵画を集めてみたり)
をいろいろ工夫されていると聞いて、なるほど、こういうのも面白いな
となかなか感動してしまいました。
(“「受胎告知」の部屋”とか! システィーナ礼拝堂も圧巻)
質感もなかなかリアルに再現されていて、しっかり楽しめました。

adam.jpg

こちらは有名な「天地創造」ですね。(いつかパワポのネタに使おう)
あと、今回初めて知ったスクロヴェーニ礼拝堂というマリア聖堂の天井の蒼さに
魅了されました。いつかパドヴァに見に行こう。

翌日、連れて行っていただいた研究所は、とてもモダンで開放的な建物でした。
こんなきれいな所で研究できる環境はいいなあ~ と羨ましく思ったりもしましたが
実験フロアーに行くと、雰囲気はけっこう大学の理系の実験室そのもので
なんかちょっと親近感を(笑)
やっぱり人間の行動スタイルというのは、どこでもあんまり変わらないものだと。
“年が明けたのも忘れて実験してました”という研究員の方のご説明に
2008-9年の年末年始の自分たちを重ねて思い出してしまいました。
イスラエルによるガザ侵攻のせいで、お年賀気分と時間的余裕が吹っ飛んでしまった
のも、もう2年以上前の話なんですね。

対談の本番に入る前に、ちょっと気分を変えてお昼ご飯へ。
地元の名物料理という「たらい饂飩」をご馳走になってきました。

tarai.jpg

まさに木のたらい!に入ってるのがミソですね。
太い麺はこしがあって、美味しかったです。
天ぷらの脇に沿えてあるワカメもポイント。こちらも特産だそうです。
(知らなかった・・・)

いよいよ迎えた対談本番!はさすがベテランで知識と経験が豊富な
太左衛さんのおかげで、楽しくいろんな話に盛り上がらせて頂きました。
私はそもそも鼓を見るのも初めてで。美しい楽器ですね。
でもシンプルなだけに、いい音を出すのは相当難しそう。
いろいろサイズや作りにも違いがあるというのも、初めて知りました。
自分はちょっと話がうまく整理できなかったり、喋りすぎかな、とか
まあいつもの如く、いろいろ反省はありますが。
大塚製薬の社員の皆さまが、とても暖かくアットホームに迎えて下さったので
とても助かりました。感謝。

終わった後は「弾丸トラベラー」よろしく、お土産探しの時間です。
その前に大塚製薬さんからは、こんなにたくさんお土産を頂いてしまいました。

otsuka.jpg

しばらく健康状態がよくなりそうです(^^)
ちょっと無理がきくようになるかな。
発売前の新製品までご紹介して頂きました。

帰りはお土産物プラザのような場所で、じっくりたっぷりお買い物。
お芋にワカメ、塩、「小男鹿」…明らかに買いすぎです(笑)
でも全部おいしそう。こんなにお土産を買いまくったのは久しぶり。
実際にはこの他に、箱のお芋菓子2つと、干し芋、焼き芋まで買ってしまいました。
いや、ここは芋好きとしては、やめられない止まらない、って感じですね。
仕上げとして、「サツマイモ」ソフトクリームなるものも
いただいてきてしまいました。(不思議なぽろぽろ感があるものの自然な甘さ)

tokushima.jpg

空港まで送って頂き、こうして私の初徳島は幕を閉じました。
なんだかまだ名残惜しい・・・
たった二日間しかいなかったとは信じられない充実度でした。
本当に至れりつくせりでお世話になりました西野さん、
どうもありがとうございました。

ひさしぶりに、心の底から開放感を感じ、初体験に浸って楽しめました。
なんだか自分の今後にとっても、大事なヒントをいろいろもらって帰ったような。
明日から、また頑張ろう。

うめ吉

今日で3X+1歳になりました。
なんかまたちょっと、落ち着いた年齢になったなという実感です。

誕生日のお祝いメールを最初にくれたのは父でした。
まだ廿日市に住んでいた頃、プレゼントでくれた物を
覚えててくれて、なんかすごく懐かしい、というかうれしかったです。

年齢不相応に?巨大な「うめ吉」のぬいぐるみを買ってもらったり
アメリカの銃社会について興味があったときは、エアーガンを買ってもらったり
変なものばかり欲しがる娘につきあってもらって。
おかげで雑食で、何にでも興味をもつ今の自分になっている気も。

ちなみに「うめ吉」というのはこんなにキュートな犬です↓

ume01.jpg

これはネットで探した写真ですが、我が家(実家)にいるのとそっくり!
なんか急激にホームシックになりました(笑)

続いてお祝いのメールをくれたのは、母でした。
返事をしなかったら二通目も来て(^^;
考えれば実家にいる頃は、毎年ねだってパウンドケーキを焼いてもらって
いたものでした。上京してからは、わざわざ送ってもらったりして。
愛されて育ってますね、私。

でもこれが本当に美味しいケーキで!市販のものなんかには叶わないのです。
同じようなケーキを、いちおう自分でも焼けるようにはなったんですが、
もうここ数年、ごぶさたしています。

それから不意に連絡をもらって、うれしかったのはイトコからのfacebookでの
お祝いメッセージでした。今回のエジプト騒動を受けて、ようやく
使い方を勉強しましたが(それまでは休眠状態)これって便利ですね!
他にも国内外の友達から、久々の連絡&お祝いをもらい、facebookの偉大さを
肌で実感しました。


今日はそれから、パレスチナのアル=カサバという劇団の公演を
見に行ってきました。演目は「アライブ・フロム・パレスチナ」。
5年前に「ザ・ウォール」を見てから久々に見ましたが
予想以上に感動しました。原点に立ち返った、というか・・・

alive01.jpg


丸められた大量の新聞紙の山の間を、6人の役者さんが演じながら行ったりきたり
するのですが、思いきりパレスチナ方言でしゃべり、日常的に直面する
イスラエルによる軍事占領の実態を、嘆いたり、起こったり、明るく笑い飛ばしたり。
世界は沈黙し、毎日の衝突の死者も「普通」のこととしてもはや注目さえされない。
だけどこれって「普通」なの?
「普通じゃない!(ムシュ・アーディー!)」と気づいて叫ぶ
最後の女性のせりふが耳に焼き付いています。

大勢の観客で埋められた客席のひとりひとりの心に
届いた言葉だと思います。
私は、初心を新たに。

講演会のお知らせ(2/12)

パレスチナ学生基金 第2回公開講演会(2月12日(土))
『エジプト政変をめぐって ―国内勢力の動きと国際関係―』のご案内

チュニジアに始まった大衆抗議運動は、中東各地へ波及し世界的な関心を
集めています。なかでもアラブの大国であるエジプトでの動静は、友好国である
イスラエルを巻き込み、アメリカの対中東政策にも大きな余波を及ぼすことが
予想されます。またエジプトで国内では、長年弾圧の対象とされてきた最大会派
ムスリム同胞団が今後どのような動向を見せるのかが注目されます。
内政上で彼らがこれまで占めてきた位置や、現在の動きの中での対応は
周囲からの評価と相まって、どのような可能性をはらむのでしょう。

本会では、エジプトのムスリム同胞団の専門家である横田貴之氏をお招きし
エジプト政変をめぐるムスリム同胞団の動きと、マクロな国際政治情勢に
与える影響についてお話し頂きます。
直前のご連絡とはなりますが、皆さまの多くのご参加をお待ち申しております。

〈日時〉2011年2月12日(土)13:30~16:30(開場13:15)

〈会場〉あんさんぶる荻窪5階 第2会議室 http://j.mp/h9i591
JR中央線・地下鉄丸の内線「荻窪」駅西口から徒歩3分
〈参加〉一般公開、参加無料

〈報告〉 横田貴之(日本大学国際関係学部准教授)
「エジプト・ムスリム同胞団は何を目指しているのか?」

司会 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
チラシはこちらからご覧頂けます。http://palestinescholarship.web.fc2.com/

参加ご希望の方は、事務局(palestinescholarship_pub@tufs.ac.jp)まで事前にご連絡下さい。
またご連絡が間に合わない場合でも、当日のご来場を歓迎いたします。

**********************************************************************
パレスチナ学生基金 事務局
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
錦田愛子研究室気付 http://palestinescholarship.web.fc2.com/
TEL/FAX 042 330 5697  palestinescholarship@tufs.ac.jp
**********************************************************************

境界線の在り処

怒涛の1月から続いていた予定も今日で終了。
終わったと思うと、もぐら叩きのように湧き上がる仕事の予定はとりあえず
無視することとして(^^; とりあえずひと段落です。

今日の研究会は、日本からの参加者に加え、ボストン、レバノンから来た日本人、
パリから来たイラン研究者、レバノン研究者、ベイルートから来たドイツ人研究者の
共同研究会でした。充実した議論もさることながら、共通のプラットフォームをもつ
研究仲間が、さまざまな経路をたどって一つの研究テーマのために集まる場というのは
なかなか爽快なものです。
身分や年齢、国籍も関係ない。あるのは共有できる問題関心と、それに向けて
理解を深めていきたいという意欲だけ。ぜいたくな環境に恵まれているのは
もちろん前提条件にありますが、こういう環境は大事にさせて頂きたいなと思います。

ひるがえって自分のことを考えると、先日、留学のための面接が終わり
学内的な手続きはほぼ完了しました。
まだ少し先の話ですが、受け入れ先の手続きを含めて、ほぼすべての準備が
整い、6月の出発に向けて、自分の中でカウントダウンが始まりました。
例の国の倣いで、とにかく入国審査を無事通過するまでは安心できませんが
それでもどこか、日本から半歩踏み出しかけているような、不安定な感じです。

これだけ頻繁に国内外を移動し、日本以外の人と接する機会が増えてくると
陥ってくるのは「境界線ってどこにあるんだろう?」という感覚です。
フランス在住のレバノン人研究者と英語で熱心に議論を交わすのは、場所が日本であれ
レバノンであり、フランスであれ、実際にはそう変わらないのだし・・・
自分の軸がしっかりしてさえいれば、物理的にどこにいるかなんてことは
実はたいしたことではないんでは、という気もしてきたりして。

実際に日本を離れるのは少し寂しいですが、あちらに行ったって、日本と全く切れてしまう
わけではないし。それは、最初にヨルダンに留学したときとは大きな違いです。
携帯電話もインターネットも、今では順調に通じる。
8年前(!)とは全然違う。あのときみたいに不安で寂しい思いは、きっともう
しなくて済むでしょう。
いろいろ批判はされますが、技術的な意味でのグローバル化は、
やっぱり世界を平準化してきているな、と感じます。

そうして「出やすくなった」8年後、再び外に出る機会を与えてもらえそうな今
今度こそは、自分に自信を持って、できる限りのことを頑張ってきたいと思います。
地道に努力を重ねながら。修士の学生に戻った気持ちで、新しい一歩を踏み出せる
といいなと願っています。



プロフィール

錦田愛子

Author:錦田愛子
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