スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

来世の夢・・・!

「夢って何ですか?」
ばったり出会った若者にそう聞かれて、とっさに答えることができない
自分に気づいたつい数日前。
世間によく言う「汚れた大人」に自分もなってしまったのか、と
悲しく思ってしまったり。

自分の「夢」は何なのか、みんなすっきり答えられるんでしょうか?
私は、といえば真面目に考えれば考えるほど、分からなくなってしまいます。
ふっと思いつくのは、パレスチナでの平和・公正の実現。
「自分の仕事(イスラエル/パレスチナ紛争研究)がなくなるのが夢」なんて
かっこいいことを考えたりしたこともあるけれど。
それも本音、だけどそれだけでは満たされない自分がやっぱりいたり。
煎じ詰めれば平凡なしあわせ、家庭がもちたい、なんて願ったり。

だけどひとつ、はっきり思ってるのは「来世」の夢!
輪廻を信じない宗派の方々に説明をするのはムズカシイけれど。
生まれ変わったら絶対なりたいもの、というのが私にはあります。
なにを隠そう、それは・・・

panda.jpg

パンダ(大熊猫)。。。なんて愛らしい動物なんでしょう。
毎日、笹食って、ごろごろ寝っ転がって、ときどきもぞもぞ動いて
そしたらお馬鹿な人間ども(含、わたし)が「かわい~~!」とかって喜んでくれる。
なんてお得なんでしょう。でもそれを許せてしまう、この可愛らしさ。無敵です。
海を雄大に泳ぐ「エイ」と並んで、生まれ変わりたい存在ナンバーワンです。

そして思わず、衝動買いしてしまいました (^^;
羽田空港で売ってた「上野公園、パンダ来日記念!」の「幸福大熊猫」ちゃん。
かごにいっぱい並んで売られてる可愛らしさに、すっかり騙されました。
並んで写ってるのは、また後日、衝動買いしてしまったキノコ・ペン。
・・・くだらないものが大好きなのです。
(どーすんだ、こんなもん(笑))

でもパンダが好きなのは、私だけではありません!(自己弁護)
意外なところで出会った同志。レバノンで調査を手伝ってくれたオジサンも、
実はパンダの大ファンでした。

jaber.jpg

40歳過ぎの、一見渋めのジャーベルが、インタビュー先に案内してくれる車の
バックミラーにいつもぶら下がっていたのはパンダのマスコット。
しばらく経って聞いてみると、にやっと笑って話してくれました。
「俺の夢は、バンダーを見ることだ」

バンダー(Banda)って何・・・? 一瞬戸惑ったものの
すぐに分かったのは長年の調査経験のおかげ。アラビア語では「P」の音は発音できないので
「P」は「B」になり、「パンダ」は「バンダー」になるのです。
いい歳したおっちゃんの夢が「パンダ」?笑いかけて、ふと思いとどまったのは
彼がパレスチナ人だと気付いたせいでした。そうか、ジャーベルは観に行くことなんて
そうそうできないんだ。

レバノンではパレスチナ人は徹底的に差別され、市民権の取得を認められていません。
自由に国外を旅行できる旅券の取得も不可。EUのシェンゲン協定すら無効な
ビザの取得制限が厳しい一時旅券しか発行してもらえません。
そんなジャーベルが日本をはじめパンダがいそうな国に旅行できる可能性は
極めて低い。私だって頼まれたとして連れていけるかどうか。

そう思うと、彼の言う「夢」は本当に尊いものに思えてきました。
頑張れば、外国人として私が介入すれば、ジャーベルにパンダを
見せてあげられるかもしれない。
でもそういうのじゃなくて、なんていうか自然に彼がパンダを見に行くことができれば。
普通のことが普通にできる日が一日も早く来るように。
すごくもどかしいけど、でもそういうのが「夢」なのかもしれない。

「バンダー」を見ながら、ふとそんなことを思ったりするのです。

sur02.jpg
ジャーベル宅近くのスールの海↑
スポンサーサイト

ディズニーランドの「ハヴァ・ナギラ」

楽しみだったGWもあっという間に終盤へ。
休みの間に「これもやりたい」「あれもやろう」と思っていたのに
結局、最低限のことを片付けただけで終わってしまいそうです。

たまった仕事の整理もですが、せっかくなので遊びに行きたい!
ということで、久しぶりにディズニーランドへ行ってきました。
(いい歳して・・・というツッコミはなし)
だいたいの乗り物は乗ったことあるし、演出も覚えてるのですが
今回新しかったのは2009年にリニューアル・オープンした「It's a small world」。
Wikiで見ると、映画キャラクターの登場が新しいそうですが、
地域研究者としては描かれているのがどこの地域か、表現や組み合わせが気になります。

何より驚いたのは、ぼおっと順番待ちの列に並んでいたときにかかった
BGMに「ハヴァ・ナギラ」が混じっていたこと。「世界はひとつ」という日本語や
他の曲と併せてのメドレーで流れたこの曲は、イスラエル民謡として知られる曲。
別に悪くはないけど、あんな小国の音楽がなんで??と思わず
目を皿のようにして、屋内アトラクションを見てしまいました。

でも明らかにユダヤ系とわかるお人形さんは発見できず。
むしろアラブ系?と思われるラクダやベリーダンス!(あの幼児体型の人形で(笑))
が多いかな、と感じたくらいでした。

its.jpg

↑私が撮ったわけじゃないけど、「It's a small world」の外観(ウェブから)

帰宅して調べてみると、「ハヴァ・ナギラ」はかつて1930年代頃に日本でも
ハリー・ベラフォンテが歌ったのが有名になり、ヒットした曲なのだそうです。
ここから解説を参照)
由来は第一次世界大戦の時期にさかのぼり、言葉はイディッシュ語
(東欧のユダヤ人が使っていた、ヘブライ語とドイツ語の間の子のような言葉)。
そういえばだいぶ前にイスラエルで買った「イディッシュ・クラシック」のCDに
「Lu Yehi」とかと一緒に入ってました(こちらは映画で使われてた曲)。

興味深くてgoogleって探しているとベラフォンテの歌がYou Tubeで見つかりました。
こちらからリンクしました)
ここで流れる映像がまた。。。非常に意味深です。 冒頭から書きだして
エルサレム(嘆きの壁)、ハイファ(バハイ教の神殿)、テルアビブ、ガリラヤ湖、
マサダ(ヨルダン川渓谷)、ネゲブ砂漠といった有名な観光地を回るのは分かります。
もうすぐ行く予定の街並みの記憶が、なんだか鮮明に蘇ってきます。

ところが問題はこの後です。お花とか、当たり障りの無い写真が少し続いた後に
現れるのは、ヘブライ語で書かれた 「closed area」という看板。
その後は古い写真が出てきて、キブツ?遺跡?とおぼしき写真が映る。
そして、続けて出てくるのはアラビア語で書かれた看板の大写しの写真です。
看板には多数の人の名前が書かれ、その上の解説を目を凝らして読むと
「1967年以前に亡くなり祖国の外に埋葬されたビルアム村(クファル・ビルアム)出身者」
と書いてあるように読めます。
つまり占領されたパレスチナ人の村の慰霊碑ってことですよね。
・・・いったい何なんだろう???

You Tubeページのコメントを見ても、特にヒントはなし。
「いい曲」「好き」とか脳天気なコメントばかり。
嘆きの壁の前で顔を塗りつぶされた人が願いごとを紙に書いてる写真とか
普通の感覚で見ても、変じゃない?別に表現は自由だけど、どんな人が
どんな意図をもってこのクリップを作ったのか、謎は深まるばかりです。

ちなみに22万回再生されてるこのクリップと比べて、
イスラエルの国威発揚、というか観光ガイド的に落ち着いた編集がされているのが
こちらのクリップです。(堂々の200万回以上再生)
黄金のドームがやたらたくさん映るエルサレム等のこれらの写真は、
私もほぼ同じ撮影場所で撮ったのをたくさんもってる定番のカットですね。
ゲッセマネの園がある教会とか、ヤーファーから撮った地中海とか。

quds0.jpg

↑だいぶ前に撮った「黄金のドーム」

行くのがますます楽しみになってきました。

映画 『いのちの子ども』

試写会の案内を頂き、映画『いのちの子ども』を見てきました。
7月16日からヒューマントラストシネマ有楽町というところで公開されるそうですが
ひと足早く、おかげさまで日本にいる間に日本語字幕で見ることができました。

「余命を宣告されたパレスチナの赤ん坊を救うため」立ち上がる
イスラエル人の医師とジャーナリスト、という説明書きを見たときは
正直、気が進まず、始まって5分くらいの段階では席をたって帰ろうかと
思ってしまったのですが(あまのじゃくですね)
最期まで観ると、とてもいい映画だな、と思いました。

感動的な話なのに「気が進まない」のは、映画の中心人物である
赤ん坊の母親ラーイダと同様、こうしたプロジェクトの設定自体が
「良心的なイスラエル人」を涙を誘うストーリーで描くプロパガンダのように
感じてしまったからです。

イスラエルにもこんな良心的な人がいる、パレスチナ人と共存できる、
紛争の未来は明るい、そんなお説教を垂れられて
現実の政治により期待を裏切られるのにはもうウンザリだからです。
映画の後半で登場するパレスチナ人医師がつぶやきますが
ひとりの赤ん坊、ひとりのパレスチナ人の命を救うために奔走する一方で
大勢のパレスチナ人が無名のまま砲撃やミサイルで殺されていく。
そんな現実を隠すための薄化粧としての美談には、付き合う気にはもうなれない
という気持ちでした。

ですがこの映画に心惹かれたのは、病気の赤ん坊の母親ラーイダが
とても率直に、パレスチナの母親の気持ちを代弁していくのが
描かれていたからでした。私が会ったヨルダンに住む、パレスチナの母親に近い。
わが子への愛と、パレスチナの大義との間でのせめぎ合いに苦しみながら
凛とした誇りを保つ強さをスクリーン越しに感じました。

話が面白くなるのは、撮影者のシュロミーがラーイダに、エルサレムの領有権
をめぐる話を振るあたりからです。最初、彼女はこの話題を避けたがり
「もうやめましょう(サッカル・マウドゥーウ)」と何度も言いますが
シュロミーがこだわるので仕方なく話に応じます。
そして「我が子が殉教者になるのも構わない」と言い放つのです。
このとき彼女が口にする「命は尊くない(ハヤー・ムシュ・ガーリー)」
という言葉が映画のキーワード(原題の一部)になってきます。

このとき彼女が明確にカメラを意識し、強い視線で見据えていたのが
私は印象的でした。同じような眼差しと意見を、前にも見たことがあるからです。
一度は個人的に、友達の家で、またもう一度は別の映画で。
先日、監督が殺された『アルナの子どもたち』という映画で、アラの母親が
カメラを睨みつけるようにして述べた言葉と同じ内容でした。

これがもしドキュメンタリー映画でなければ、おそらく監督はこのときの
ラーイダの視線を敢えて逸らさせたりして、本心でない、といった演出をしたり
するのでしょう。だけど彼女はそうではない。これも真実、あれも真実、というのが
パレスチナの辛いところなのです。
「カメラに向かって」エルサレムは命よりも尊いと語ることが、
かえって子どもを、命を守ることになる、そう理解しているから
ラーイダはこのとき断言してみせたのだと思いました。

あんまり書くとネタばれになるのでここらでやめますが(笑)
(ちなみにあのパンフはかなり「ネタばれ」です。観る前に読まないほうがいいかも)

とにかく、改めて感じたのは、ガザの母は強い、パレスチナの母は強い
ということでした。本当はすごく辛くて、従兄弟からドナーが見つかるかも
しれない、と分かっただけで(まだ早い、という段階で騒ぐのがパレスチナ人らしい)
卒倒しそうなくらい嬉しくて号泣してしまうほど子ども想いなのに
カメラの前では「死なんて日常よ」と毅然として見せる。
実際、死と隣り合わせで、人権が保証されていない日々を送っているからこそ
出てくる言葉なのかもしれません。

あと、パレスチナ映画はやっぱり、ドキュメンタリーがいいですね。
そもそも白血球の型が一致するのは、夫婦がいとこ婚であり、赤ん坊にも従兄弟が25人もいる
という、いかにもガザ的な(パレスチナの田舎的な)現実があるからだし、
ハマースによるガザ地区制圧とか、ガザ戦争とか、実際に起きた事件の影響が
日常に織りなす形で見え隠れするのも、話の現実感を増しています。
『パラダイス・ナウ』に出てくるスハみたいな、どうみてもエイリアンにしか見えない
パレスチナの現実離れしたキャラクターが無理やり挿入されたりしてないあたりがいいです。

とにかく、いろんな意味でおすすめの一本です。
長くなったのでこのあたりで。

プロフィール

Author:錦田愛子
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。